ビル・エヴァンスを取り上げるのにいきなりそのアルバムからかいっ、というツッコミの言葉を頂戴しそうなことは分かっていますが、このアルバム好きなんだからしょうがない。いつものようにビル・エヴァンスどころかジャズもほとんど知らないという人のために簡単に説明しておくと、ビル・エヴァンス (Bill Evans)はジャズ・ピアニストでマイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーンとジャズ・ジャイアントの御三家的にいわれており、もう一人80年代にマイルス・バンドで活躍したジャズメンでビル・エヴァンスという人がいるのだが、この人は<ビル・エヴァンス (サックス)>と表記されるのでまず間違うことはないし、だいたいサックスのビル・エヴァンスは1958年生まれでまだ50歳である(笑)。
素晴らしいジャズ・ピアニストはたくさんいるが、この人がたぶん1番ファンが多いであろう。<インタープレイ>というものを世に知らしめたのもこの人だし、曲は美しくロマンティックで、実際はどうあれ見た目は銀行員のように堅い感じなのも魅力なのだろうか。マイルスにラベルを教えたのはこの人といわれている。ちなみに白人だ。とにかく作品の質量と量を高次元で両立させたひとだ。ジャズ・ジャイアントと呼ばれる人達はこのタイプが多い。「はいはい、もう1回ね」というようなボツ・テイクもみんな商品になってしまうし、毎年何枚もアルバムをリリースしてるにも関わらずみんな名盤・名演だ、というやつである。「そんなNGになったものが必要なの?」と感じる方もいると思うが、結論だけ言うと必要なのである。未発表音源が世に出て舞台裏が明らかになってくると、新発見により今まで分からなかったことや、再評価のキッカケになったりすることがあるからだ。ビル・エヴァンスに関しては、ネット上に素晴らしい資料がたくさんあると思うので検索してください(笑)。
で、ビル・エヴァンスの1発目にこのアルバムを取り上げるとなぜツッコミが入るかというと、かなり異端で、しばらく無いモノとされてたぐらい低評価だったのである。というのもビル・エヴァンスといえばアコースティック・ピアノ・トリオの代名詞といってもいいぐらいで、芸術の域までストイックにアコースティック・ジャズを追求したピアニスト、そんなイメージが強いからだろう。ジャケット写真の左手で弾いてるのがアコースティックのピアノで、右手で弾いてるのはこのとき初めて使用したフェンダー・ローズというエレクトリック・ピアノである。タイトルの『From Left to Right』というのはレコーディングを東海岸のニューヨークと西海岸のサンフランシスコで行ったというのと、このアコースティックとエレピを使ったというところからきている。
ファンというのは勝手なので、アーティストが新しいことをやると低評価だったり叩かれたりすることが多々ある。今のスタイルを続けて欲しいと願うのはファンとしてはしょうがないこともあるかもしれない。マイルスはそんなとき「昔のレコードを聴いてくれ」と言っていた。そんなこともあってか、このアルバムはCD化されるのも遅くて、まず1998年に4曲のボーナストラックを追加してアメリカで、そして2005年にはついに日本盤も発売された。昨年ボーナストラック無しの紙ジャケも日本でリリースされている。ヴァーヴのコンプリート・ボックスが発売されてからはスポットが当たることも多くなったが、長らく冷飯を食わされたこの作品がなぜ好きなのかというと、わたしが求めるビル・エヴァンスというのが凝縮されているからである。
わたしはビル・エヴァンスには<ジャズ>というよりも、このアルバムのようなラウンジ・ミュージック的で美しいハーモニーにビル・エヴァンスの魅力を感じてしまうのだ。アコースティックなものにも、これは絶対に外せない、というアルバムはあるのは言わずもがなである。そんな中でこのアルバムは、オーケストラとのアンサンブルが美しい「Why Did I Choose You?」、フェンダー・ローズの美しい旋律に思わずウットリとしてしまう「Soiree」、ブラジル音楽を上手に取り入れた「The Dolphin」(ちなみにフェンダー・ローズというエレキ・ピアノをプロとして初めて導入したのはセルジオ・メンデスといわれている)等々、どれも素晴らしいものばかりである。マネージャー兼プロデューサーであるヘレン・キーンさんの「テイク・スリー」というような声が、ボーナストラックで収録されてるアウト・テイクから聞こえたりするのもまた良かったりするのだ。
しかしながらまだこのアルバムが再評価されているとは言い難いのは残念である。逆に先入観のないジャズなんて知らなかった人が偶然耳にして気に入る、というようなことのほうが多いのかもしれない。どんなんでもいいからこのアルバムが再評価されたらいいなぁ、と願わずにいられない。そんな2008年の年末。
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